気まぐれ日記 2016年1月

2015年12月はここ

1月1日(金)「元日風景・・・の風さん」
 昨夜の就寝は決して早くはなかったが、また普段よりも遅いわけでもなかったので、少し寝坊した程度で起床した。
 天気は好く、先ずは平和な年明けだと思った。
 今年のお屠蘇と雑煮は、長女を除く4人で祝った。お屠蘇は長男が京都から持ってきたお土産の日本酒である。そのせいか美味かった。
 雑煮は我が家の味。つまり、東京の母の実家の味だ。名古屋より断然豪華で(比較が悪すぎる)、子どもの頃からの連続性を感じる。この味ははたしてうちの子の誰かに引き継がれるのだろうか。
 今年3月末で、勤務先の健保組合からも退会することになるので、国民健康保険加入の話をした。家族それぞれ独立していくのである。
 年賀状がたくさん届いていたので、とりあえず整理・点検し、出していなかった8人を選抜して印刷した。
 これを持ってワイフと近所の神社に初詣に出かけた。
 快晴だが、風が少し強かった。
 例年より多少早くお参りできたので、社務所が開いていて、お神酒をセルフでいただいた。
 年賀状を投函ついでにコンビニに寄って、アイスクリームを買った。今夜のデザートのつもり。
 帰宅して、家族4人でコーヒータイムの後、仕事に復帰した。執筆と講演の準備は悩み中なので、今日は非常勤講義の準備をしてみた。
 晩御飯はすき焼きだった。大量に牛肉が用意されたので、子どもたちに楽しんでもらいたかった。私は控えたが、ビール(もどき)も提供した。
 デザートのアイスクリームは、満腹で無理だったようだ。
 私はまた仕事に専念した。少しでも進めないと精神的によくない。

1月2日(土)「新年早々めまい・・・の風さん」
 今日は朝からワイフの実家に新年の挨拶へ行く予定だったので、目覚ましをかけて普通の時刻に起きようとした……ら、突然めまいが!
 目覚ましを30分遅らせて、しばらく安静にしてから、今度は慎重に起床した。
 洗面をしようとしていたら、ワイフが長男の具合が悪いので病院へ連れて行くと言う。腹痛と発熱で、心配な状況だった。
 私がめまいがひどいと言ったら、実家行きはやめようかということになり、結局、私は、またベッドへ逆戻り。
 横になるとき、猛烈なめまいに襲われた。
 6時間の睡眠後、具合がよさそうなので起きることにした。寝ながら、懸案事項をいくつか考えていたら、アイデアが浮かんだ。何とか早くアイデアを仕事に生かしたい。
 懸案事項とアイデアとはどういうものかと言うと、一例をあげるなら、今年の講演のアイデアである。材料は決めてあっても、どんな料理にするのかはアイデアで決まる。昨年末のC社での講演でも、どんな事例を出したら喜ばれるかずっと考えていた。それが決まって初めて講演スライドの構成に着手できたのだ。C社の講演がどれくらい成功だったかは、イマイチ不明だが、貴重なフィードバックがあった。私が用意したスライドの1枚が、かなりのインパクトを与えたらしく、さっそくC社でも取り組んでみよう、ということになったという。1枚のスライドでも込めた想いは一つとは限らない。そこから発信できるメッセージは多いのだ。それをていねいに解説することの重要さを教えてもらった。
 今月は3つの講演が予定されている。すべて材料は同じだ。しかし、料理はすべて変える必要がある。C社からのフィードバックが、一つのヒントになった。材料が同じでも、そこから引き出すメッセージをきちんと説明していくこと。材料の面白さを懸命に説明するより、メッセージやそれが出てきた背景を語ることもまた大切だ。
 長男の病気は特に深刻なものではなかったらしい。本人もだいぶ回復していた。
 私は休養は十分とれたが、まだフラフラする感覚は残っていた。それでも、夕方から、仕事に復帰した。やれることから手を付けることにした。
 結局、いつも通りの深夜まで取り組んだのだが、短時間で多くの進捗は困難だった。新年早々、とんだことになったものだ。

1月3日(日)「めまいを押して・・・の風さん」
 まだ少しめまいは残っていたが、仕事がある、起きねばならない。
 長男も京都へ帰って明日から仕事なので、頑張って起きていた。10時の電車で帰って行った。
 体調が万全でなくても、粘り強くやっていれば、1ミリでも2ミリでも前進するので、とにかく書斎にこもった。
 昨日に続いて非常勤講義の準備から始めた。一昨年、中小企業大学校でも講義したことを思い出し、そのスライドを確認してみた。あった。この分野も知らないわけではないが、自分として整理ができていないことを再認識した。コンカレント・エンジニアリングは本にするために、昨年集中して知識と経験を再整理したが、この分野もやってやれないことはないな、と思った(しかし、どの程度やるかは、ニーズ次第だ)。
 昼食後、次の懸案事項である、昨年の創造の船でおこなった特別講演の原稿執筆に取り組んだ。締め切りが迫っているわけではないが、数回書き直しをすれば完成できるレベルだと思い、その第1稿を書き上げることにしたのだ。
 夕方から、最近少しずつ読んでいる建部賢弘の研究書を読んだ。建部賢弘の数学の内容を丹念に解説してある。素晴らしい内容だ。時間があれば、きちんとすべてフォローできると思う。しかし、今はその時間がないので、とりあえず読み飛ばしながら、建部賢弘の数学の本質や人間性について考えた。考えれば考えるほど、自分との類似性を感じる。
 いよいよ短編の書き直しを本格化しなければならない時期に突入していた。方向はだいたい定まっているので、もうやるっきゃない状況だ。
 今夜が二回目の作業だったが、これからは毎日やる。完成するまで。
 1日たったが、めまいはまだ残っている。

1月4日(月)「なかなかトンネルから出られない・・・の風さん」
 睡眠たっぷりで起床。今日も天気は好い。全国的に春のような気候らしい。しかし、私の体調にはあまり改善が見られない。めまいもだが、何度目かの五十肩が悪化している。
 朝食後、ロキソニン(ジェネリック)を服用してから仕事に取り掛かった。
 昨日に続いて短編の書き直し作業だ。やはり取り掛かれば頭も働くし手も動く。もっと早くから手をつけていれば、と思わないでもないが、創造的な仕事は何でもそうだろうけど、なかなかルーチンワークみたいにはいかないのである。だから、過ぎ去った日々を見つめてもどうしようもない。前を向くしかない。でも、たぶん、この書き直しが最大の懸案なので、その解決の目途がつけば、めまいもおさまる気がする。
 非常勤講義の準備もやったが、明後日の分だけでもまだ終わらない。初めての章なので、というのは表面的な言い訳で、内容については自分はかなり詳しいので、単に準備が下手なだけだ。情けない。
 ということで、連日、就寝が午前2時を過ぎている。

1月5日(火)「ミニコンポをすっきりレイアウト・・・の風さん」
 毎年、何冊の本を読んだか記録している。昨年は6月末までに25冊になったので、50冊いけるかと期待が膨らんだが、その後失速、12月の0冊でしめくくり、結局38冊と例年並みで終わってしまった。作家のくせにこんなことでどうする、と毎年思う。積読(つんどく)もかなりあるので、買う本の数より読了する本の数を増やさないと、みっともない臨終をむかえることになる。
 ということで、今年こそ、たくさん読んでやろう、と今は決意している。
 今朝はリンガフォンのユニット44を終えた。全部で60ユニットあるので、あと16ユニット。40年ぶりくらいにもう一度目を通すことができたら、捨ててしまおう。何ともしつこい男だな(笑)。
 今日は最初に明日の非常勤講義の準備を完了させた。とりあえず目の前の問題は消えた。
 ここでワイフがようやく私の行きたい場所に買い物に行くと言うので、一緒に出かけることになった。ドラッグストア、JA、クリーンセンター(町の公共ゴミ処理場)を経由して目的の場所にたどり着いた。私はそこで、最近アイデアが閃いた細い書棚を購入した。
 帰宅し、コーヒータイム後、書棚を組み立てた。それをピアノと壁の間に設置し、ミニコンポをのせた。CDやカセット、楽譜類などは棚に収納できた。スピーカーはアップライトピアノの上部両端に置けたので、再生したら音の広がりが出て、感動した。
 この新たなレイアウトには口の悪いワイフも感心してくれた。
 夜は、短編の書き直し作業の続きをやった。
 就寝はまた午前2時を回ってしまった。

1月6日(水)「外歩きの仕事始め・・・の風さん」
 かつての勤務先は今日から仕事始めとなる。私も外歩きの仕事は今日からで、愛工大の非常勤講義に出かけた。経路はいつものパターン。
 キャンパスに着くと、玄関に立派な門松と注連飾りがあり、あ、まだ正月だったんだ、と思った(笑)。
 中へ入ると、警備員さんも事務員もきちんと新年の挨拶。教育機関はこうでなければならないんだ。
 いつものように配布資料のコピーをとり、講師控室でコーヒーを飲みながらA新聞に目を通した。自宅の新聞と比較するのが楽しみで、やはり1面の記事が違っている。新聞は言論の自由が基本なので、偏った報道になるが、グローバル時代、こんなことではネットニュースに蹴散らされるのではないかと私は思う。今日のA新聞で注目した記事は、最近の大学生や若者のことで、親子の距離が著しく接近しているという内容だった。相互依存が強い。きれいな表現をすれば絆が強い。時代とともに、こういったことは変化していくが、今の時代を乗り切るのに、適切な状況なのか、イマイチわからない。
 久しぶりの講義で疲れたので、講師控室でゆっくり休んでからキャンパスを後にした。
 雑用を片付けながら、午後5時に帰宅したが、例によってワイフは出かけていた。
 創造の船でおこなった特別講演を原稿にしているが、完成寸前まできた。明日、最後のチェックをして提出しようと思う。
 今年最初の読了は電子書籍となった。紙の本で残すほどでなく、情報としてしっかり得たい場合は、電子書籍でもかまわないと思い始めている。読み終わった電子書籍は経済の本で、現代のマクロ経済学についてかなり勉強になった。名商大のビジネススクールで、初めて経済学に出会ったわけだが、その下地が、その後の経済に関する情報を理解する基礎になっている。今回読み終えた本もその延長線上にあるということだ。
 最後の仕事は短編小説の書き直しである。だんだんピッチが上がって来た。

1月7日(木)「銀行行きからマウス発注まで・・・の風さん」
 近所で電柱の更新が始まった。ソフトではなくハードの更新なので大変だ。旧の電柱のすぐ横に仮の電柱を立て、利用者の停電なしに工事ができるようにし、旧の電柱を新の電柱に立て替えるのである。我が家も角に電柱が立っているので、工事が始まった。
 午前中、想定外の仕事のためのキャメロンで出かけた。銀行で振り込みが発生したのである。オレオレ詐欺ではないが、似たようなものだ(子供が原因なので)。先日読んだ藤沢周平の短編小説を思い出す。
 せっかくキャメロンで出かけるので、GSに寄って灯油を購入してきた。行きつけのガソリンスタンドは、ガソリンをセルフで且つプリカで入れると、リッター101円である。近いうちに100円を切るかもしれない。
 朝からひと仕事したが、気力は充実していた。
 完成寸前の創造の船での特別講演の原稿を仕上げ、中産連事務局へ送った。大きな問題はないと思うので、一件落着だ。
 続いて、来週の金曜日(15日)の講演の配布資料作成にとりかかった。生産技術マネジメント研究会の仕事である。講演スライドはこれからなので、レジュメはできないが配布資料なら作れる。配布資料は全体構成を考える良いきっかけにもなった。講演は1時間なので、てんこ盛りの内容にはできない。既存のスライドから厳選し、新規のスライドは極力少なくする。
 配布資料の送付も完了し、非常に気が楽になった。
 さすがに正月も7日になると、年賀状はわずかしか届かない。もう出していない人から届くことはないので、今年の発送枚数が確定した。199枚である。退社しても本名の宛名で届く年賀状はほとんど減らない。ありがたいことだ。しかし、これからは弔事が続きながら、徐々に減少していくのだろう。父が死んだときも、(喪中はがきを送るため)確認した年賀状は数えるほどに減っていた。
 夕食後、短編小説の書き直しに再び取り掛かった。
 ペースが上がらないうちに、マウスの調子が悪くなってきた。最近よく不調になるのである。あれこれ工夫してみたが、午前1時に堪忍袋の緒が切れた。ネットで新品を選択して発注した。午前1時半過ぎの発注だったが、明日金曜日中に届く。それまでは、やや性能の悪いマウスでしのぐことになる。
 その後、出版社の編集担当に書き直し原稿が届く日をメールで連絡した。まもなく返信があった。世の中、やはりスピードの時代である。

1月8日(金)「新品マウスは快適・・・の風さん」
 朝6時過ぎのメールで、マウスを発送したとの連絡があった。間違いなく今日中に届きそうだ。
 自宅周辺で電柱工事が続く中、ワイフ、長女と一緒にランチついでに買い物に出かけた。三が日をうちで過ごせなかった長女のために、今夜は雑煮である。しかし、買い物に行くとついつい余計な物も買ってしまう。無駄遣いというやつだ。分かっていてもそうしてしまう。後の祭りだが、反省した後は良い仕事ができることもあるから、無駄は必要悪かもしれない(言い訳か)。
 今日は百均ショップで面白い物を見つけた。マイクロSDを挿入すると、反転してUSBメモリとして使えるグッズだ。デジカメで使用していた古いマイクロSDは、容量が小さくて使い物にならず、放置してある。それを復活させるのに良いと思った。
 帰宅したら、宅配と行き違いになったらしく、ポストに置手紙。電話したら、すぐに持ってきてくれた。やはりマウスだった。
 早速、PCにセットしてみると、スイスイ動作する。やはりこれまでのマウスは壊れたらしい。
 今日は外出して時間を使ってしまったので、短編書き直ししかできないな、と思いつつ執筆マシンに向かっていたら、ワイフが書斎に急を告げに来た。
 今夜は、区長選の選挙管理委員会がある日だった。朝から完璧に忘れていた。ボケは怖い。
 集合時刻も過ぎているので、仕方なくキャメロンで急行した……ら、会議は終わっていた。立候補者がなかったので、推薦交渉をして1週間後に延期だ。いよいよこの団地も高齢・過疎化のステージに突入する。日本全体の問題なので、ここだけで対策できることではないが、最悪のストーリーを想定して行動していくべきだと思う。一番は、活動のスリム化だろう。団地内人口が半減したときの運営を考えて、今から準備を開始すること。
 とは言え、世界情勢が一番気になる。グローバル時代である。世界の動きを無視して自分の国だけが豊かになるなんてことはあり得ない。世界はならず者の集まりだと思って、相当の覚悟をもって行動する必要がある。
 夜は雑煮になり、また正月気分がよみがえった。

1月9日(土)「短編の書き直しが進展・・・の風さん」
 組長業務もあと3ヶ月だが、新組長への引き継ぎも始まる。午前中に次期組長へ引き継ぎの確認をした。了解された。再び我が家が組長を担当するのは、約10年後になるだろう。その頃の状況がどうなっているか、悪い想像ばかりたくましく働く。自分の力が衰えていくことを前提にすると、発想が後ろ向きになってしまうからだ。本当は助け合いながら、楽しく生きていくべきなのだろうが。
 マウスが完璧になったので、気合を入れて、短編小説の書き直しに取り掛かった。
 今日の目標ラインまで到達したら、来週の非常勤や講演の準備もしなければならない。
 しかし、……。昼食後、徒歩でレターパックの投函に行き、頭痛対策で少し昼寝したのが響いた。
 夜は、長女と再就職のことで少し話をしたが、どうしても自分と親の過去の出来事がフラッシュバックしてしまう。子どもが真剣に自分の人生を生きようとすればするほど、親から離れ自立していく。それは親にとって嬉しいことでもあり、また寂しいことでもある。とりあえず、我が家には飼い猫が2匹いて、それらをいつまでも成長しない子供に見立てて、かわいがるしかないのだと思う。
 終わってみたら、今日も短編小説の書き直し(新たに「あとがき」を書いたが)だけで終わってしまった。

1月10日(日)「消火ポンプの運転・・・の風さん」
 朝から雲一つない青空が広がっていた。風もほとんどなく、絶好の散歩日和だ。
 実は散歩でなく、今日は町内(正確には区内)の防災倉庫にある、ポンプと発電機の月に一度の運転確認に出かけた。
 大きな地震があると消火栓も止まってしまうそうで(なんのための消火栓だ?)、防火水槽から汲み上げるポンプが、消防自動車が来るまでの自主消火手段となる。ところが、このポンプはなかなか重くて運ぶのが大変だし、エンジンを始動するためのバッテリを充電する機能はない、という風に、欠点ももっている。毎月の運転確認は重要だが、いざというときに本当に役に立つかは疑問だ。
 今日は拙宅から最も近いところにあるポンプを運転する順番に当たっていた。放送が流れたが、集まったのは、いつも見る顔が5人だった。
 始動をやらせてもらったが、比較的新しいポンプだったので、まあ、問題なく動いた。
 防火水槽の蓋を二つ開けて、片方から汲み上げ、片方へ吐出させた。
 発電機も一緒に、約30分間動かして、今日の確認は終了した。
 帰宅してひと休みしてから、リンガフォンのユニット45をやった。
 今日も短編小説の書き直しを中心に、非常勤講義の準備もしっかりやった。逆に講演準備に不安が出てきた。ま、こういうものだろう。
 夜は、長女の就職応募書類の作成も手伝った。
 早く寝るつもりだったが、次女に先に風呂に入られてしまい、就寝は午前2時を過ぎてしまった。

1月11日(月)「暖冬異変・・・の風さん」
 小栗上野介ゆかりの東善寺からのメールによると、暖冬のためにもう梅の花が咲いているという。白梅やしだれ梅で、例年より1ヶ月半早いそうだ。うちの庭の梅も、小さくて赤いつぼみが枝にたくさんついている。もしかすると今月中に咲き出すかもしれない。
 当地は今日も穏やかな日和で、これから一年で一番寒い時期をむかえるような気がしない。
 ネットニュースでデビッド・ボウィが亡くなったことを知った。私より年上だが、まだ69歳の若さだ。がんだったという。優れた人には長生きしてもらいたい。
 ご近所でがんのために何度か入院されている方が、久しぶりに退院して、野菜を持ってきてくれた。早くも咲き始めた菜の花である。お元気であれば、こうやって野菜を分けてもらえるのだが、なんとも人生は複雑だ。目立たなくても、ひっそりと、それでいて、地域から慕われている方が多い。こういう方たちにも長生きしてもらいたいものだ。
 いよいよ短編の書き直しの期限がやってきた。
 それだけをやっていればよいわけではないので、非常勤講義の準備を少ししたり、午前中は、あれこれと少しずつ処理をして、午後から書き直しに専念した。
 晩御飯の後、鏡開きということで、お供え餅で作ったお汁粉を食べ、パワーをつけて、さらに頑張った。
 出版社に送付を完了したのは午前1時過ぎで、今回も、編集担当から電光石火の返信があった。
 就寝は午前2時半と遅くなってしまったが、なかなか大変な作業だった。

1月12日(火)「講義の準備はやはり大変・・・の風さん」
 今日も快晴だ。でも、昨日より少し気温は低い。風もある。現役時代は、天気のことなどまったく気にかけず、業務というか目的指向で(夢中で)行動していた。天気が気になるのは、老境に入ったせいか、あるいはヒマなのか(まさか、と思うが)。
 昨夜、書き上げた原稿を送ったので、非常に気が楽になった。それで、久しぶりに身辺整理モードで一日を開始した。
 一段落したところで、明日の非常勤講義の準備を始めたのだが、午前中に、ほとんど進まなかった。大野先生のテキストに書いてある数式の意味が理解できず、色々と調べていたからだ。平均値と標準偏差と分散に関係のある数式で(つまり統計学に関係)、私の計算ではその数式通りにならない。ネットで調べていたら、これ(テキストの数式)で計算しても差し支えない、と出ていた。間違いではないことが分かったが、理屈が分からないので、今度、田村先生に教えていただこう、と思った。
 午後からは、気にせず、作業を継続したのだが、ペースは上がらなかった。
 結局、午前零時まで、非常勤講義の準備だけで終わってしまった。

1月13日(水)「講義と打ち合わせを無事に終了・・・の風さん」
 今週末は朝が早いので、少し早く起きた。
 出かける前に雑務をいくらか片付けてから、いつものようにキャメロンで家を出た。
 キャメロンを止める場所まで、途中、3ヶ所も渋滞があって、かなり時間を食った。
 本山へ着いて最初の用事は、郵便局でレターパックを買うことだった。ここは、銀行やショップや軽食レストラン、居酒屋など色々とそろっていて便利な場所だ。
 慌ただしく講義の準備をし、先週に続いて、やや一方的な講義をした。エクセルの演習をもっとさせた方がよいのかもしれない。来年の(あればだが)課題だな。
 近くのミスドでコーヒーを飲んで休憩してから、日刊工業新聞社の名古屋支社へ向かった。地下鉄の駅からすぐのところにあった。ここも、周辺に色々な施設があって便利な場所だった。
 昨年の新刊を使ったセミナーを企画しましょう、という相談だったが、担当者は若くはつらつとした方だったので、非常に嬉しかった(男性ですよ)。
 6月に開催する方向で準備していくことを約束した。何とか『トコトンやさしいコンカレント・エンジニアリングの本』に書いた内容を、世の中へ普及していきたい。伝道していきたい。日本の競争力になるのだから。
 1時間の打ち合わせを終えて失礼したまではよかったが、しっかり忘れ物をしてしまい、担当者が走って持ってきてくれた。
 うーん。ボケ老人として迷惑をかけないようにしなければ。
 今日から東京ビッグサイトでオートモーティブ・ワールドやネプコンが開催される。余裕があれば行きたいのだが、無理だった。
 今週末を乗り切ると、いよいよ作家モード全開になるので、上京スケジュールを作らねばならない。調べてみたら、最終週にしか予定できないことが分かった。面会予定者にメールで都合を問い合わせた。
 明日も朝が早いので、今夜は早めに就寝した。

1月14日(木)「断崖絶壁に立つ気分・・・の風さん」
 目覚めた時は、外は真っ暗だった。すぐにベッドからは出なかったが、それでも、昨日より早起きした。
 明日と明後日の講演準備を、今日中にやってしまわなければならない。
 今朝のベッドの中でひらめきがあったのは、明後日の講演のシナリオだった。だから、先ず、その準備から取り掛かった。
 だいたいスライドの構成が決まったところで、抜粋を配布資料にすることにし、事務局へ送った。ここまでが午後3時半。
 ぼやぼやしていると明日の準備ができなくなるので、強引に、明日の準備に移った。こちらも数日前から着々と準備はしてきたが、明後日の講演ほどのひらめきがなく、イマイチ、モチベーションが高まっていなかった。
 ただ、講演時間が1時間しかなかったので、スライドの枚数を40枚以内に決めたことで、次第に最後の姿が見えてきた。
 明日は本当に朝が早いので、もう時間との競争だった。
 就寝前に、明後日の講演の準備の残りも少しやった。

1月15日(金)「今夜も講演準備・・・の風さん」
 午前5時起床。朝の弱い私にはつらい1日のスタートである。
 最寄りの駅を6時14分に出る電車に乗らなければならない。駅はまだ真っ暗な夜のとばりの中だったが、既に通勤・通学の人がホームにいた。毎日ごくろうさま。
 名古屋から新幹線で京都まで行き、そこから在来線で草津へ行き、さらにバスに乗り継いで、目的の工場へ向かった。
 前回も見学に来た工場である。途中で、昔出張で訪れた会社が見えた。定年退社した人間だが、ふと現役時代の気持ちがよみがえる。
 午前中は工場見学と交流会だった。二度目ではあるが、グローバル時代の現実と向き合うことができ、やはり勉強になる。
 昼食後、私の講演の時間がやってきた。昨年11月に出版した『トコトンやさしいコンカレント・エンジニアリングの本』に関係する内容を話した。
 昨年12月の富山の会社での講演も同じ材料だったが、そのときはどちらかと言うと、デンソーでの仕事のやり方をしっかり説明し、今回はバランスよく且つコンパクトに説明した。生産技術マネジメント研究会のメンバーには印象的な内容だったようで、手持ちの本はすべて売れ、次回の会合でまた持参する必要があった。
 講演を終えて、すっかり疲れてしまい、その後のミーティングではぐったりしていた。
 帰りは京都でお土産を買い、午後8時に帰宅することができた。
 夕食後、明朝の講演の準備の続きに取り掛かった。
 明朝も講演時間はせいぜい1時間ちょっとしかなく、今日の経験が生きた。スライドの枚数を45枚以内と決めたことで、ペースが上がった。
 販売用の本にサインをする必要があったので、それもやって、今夜のうちにキャメロンのトランクにのせておいた。
 頑張ったが、就寝は午前1時になってしまった。

1月16日(土)「二日連続5時起床・・・の風さん」
 今朝も目覚ましで午前5時起床。朝食は講演後なので、ホットミルクだけ。服装もカジュアルなので、早く出発できるかと思ったが、5時45分だった。
 真っ暗な有料道路を突っ走った。こんな時刻でも、もう走っているクルマがいる。しかし、1台も越されることはなく、ドイツの道路のように走った。
 名古屋高速に入ったときは、もう余裕ができたので、スピードは控えめにした。
 6時半に講演会場となるホテルの駐車場に着いたら、すぐ事務局のクルマがあとから入って来た。
 結局、事務局と一緒に、会場入りし、準備を一緒におこなった。
 午前7時に講演がスタートした。毎月やっている会で、今回が3年連続の3回目である。かなり私も慣れてきた(早起きには慣れないが)。
 話の材料は『トコトンやさしいコンカレント・エンジニアリングの本』だが、聴講者の興味に合わせて、カスタマイズした。つまり、本の内容を紹介するのではなく、作家鳴海風がなぜ本名で技術とマネジメントの本を出すことになったのか、その背景を語った。
 結局、私のこれまでの人生を語ることになった。
 スライドの大部分は、愛知淑徳大学でおこなってきたキャリアデザイン講義のものが流用できた。
 これまでの人生を感謝の気持ちで語ることが最大のポイントだった。
 講演後はホテルのレストランで皆と朝食を摂りながら交流した。
 その後わたしは、3週間遅れの散髪に行き、途中でキャメロンに給油もして、午後1時過ぎに帰宅した。
 二日連続の講演はなかなか厳しかったが、何とかこなすことができ、気分がさらに楽になった。
 しかし、寝不足だったので、夕方、3時間の仮眠をとった。
 夕食後は、ゆっくりと雑務を処理していったが、思ったほど片付かなかった。

1月17日(日)「普通の生活に戻れず・・・の風さん」
 久しぶりによく寝た気がしたが、睡眠時間は長くなかった。
 今日から普通の生活にするぞ、と意気込んでみたものの、あまり自信はなかった。
 昨日と違って風もなく穏やかな陽気になったので、朝食後、屋外タンクに灯油を補給した。昨年の3分の2の価格になっているので、何度もありがたいと思う。アメリカのWTI原油価格は30ドルを切る勢いで低下しているので、灯油もガソリンもまだ下がるだろう。
 来週、上京する予定だが、そろそろ詳細タイムスケジュールを作らねばならない。とりあえず行きと帰りのエクスプレス予約をし、訪問予定の相手に、打診のメールを送った。明日は月曜日なので、返信が来る。その内容によって、詳細が決まることになる。
 その合間に、国会図書館へ行くつもりだったが、見たい資料は関西分館にあることが分かり、これは中止。
 もう一つ、上野の国立科学博物館の展示の見学。これは絶対に行かねばならない。しかし、訪問が優先なので、合間に入れることになる。
 夕食後、急激にパワーが落ちて、失速。
 早めに寝て、明日頑張ることにした。

1月18日(月)「掌編小説のゲラ校正が完了・・・の風さん」
 11時頃まで寝ていた。体力がない。東京は降雪で、通勤が大変だったそうだ。こちらは幸い雪は降らなかったが、降ったとしても今は平気だ。現役時代は出社困難と連絡を入れて、有休にしなければならなかった。
 昼ごはん前に、リンガフォンのユニット46をやった。残り14だな。
『数学文化』向けに書いた掌編小説の校正ゲラが届いたので、気持ちを小説へ向かわせるため、校正作業に取り掛かった。
 超多忙なときに書いた割にはよくできている。クリエイティブな仕事は集中力が重要で、たとえ超多忙でも、仕事をしているその時だけでも集中できていれば、それなりの仕事はできるようだ。
 ゲラ校正が終わったので、明後日の講義の準備の続きを始めた。
 ほとんど内容が数学だが、ざっと読んで理解していたので、講義の資料を作成するのは簡単かと思ったが、そうではなかった。学生にどこまで話すべきかが悩ましい。懇切丁寧にやってしまうと、かえって分からなくなってしまうだろう。じゃあ、どのように説明するか。
 悩んでいるうちに夜は深々と更けて行った。

1月19日(火)「スーツケースが戻って来た・・・の風さん」
 仕事のピークが過ぎたあとも、少しずつ懸案事項が減っている。昨日は、昨年入院したことに対する保険金が振り込まれ、後ろめたさがちょっとなくなった。今日は、修理中だったスーツケースが、元通りになって戻って来た。旅行先で購入したシールを貼ってあったが、そのままだったので嬉しかった。
 いよいよ明日は後期の講義のラストである。今朝は、ワイフを最寄りの駅まで送るため、やや早起きしたので、午前中に終えてしまいたかった。
 しかし、無理だった。私がこんなに準備で悪戦苦闘しているのに、学生に一気に理解させるのは乱暴だと気付いたので、目標を半分に減らすことにした。それでも、3時ころまでかかってしまった。
 一段落ということで、気まぐれ日記の更新をした。たまっていた講演記録の整理をした。本名での講演も追記し、通し番号をつけたので、生涯記録がほぼ明らかになった。土曜日の講演は通算122回目だった。近年は年に10回以上やっている。PRが狙いだが、これが限界だろう。
 いよいよ次の執筆準備である。
 ここでまた気分を変えるため、未読本に手を付けた。次は待望の児童文学なので、そのジャンルである。3つの短編が入っている薄い本にした。1本目はなかなか良い出来だと思ったが、あとの2つは感性の産物で、詩なら問題ない文章構造に欠陥が非常に多く、面白くなかった。
 夜は、自分で作ってある参考データを再確認した。やはり未入手の資料が気になる。関西分館まで行きたいと思ったが、長野県の図書館にも別冊があるので、いちど地元の図書館に相談してみた方がいいかもしれない。

1月20日(水)「後期の講義が終了・・・の風さん」
 ワイフに「雪が降っているよ」と言われて目覚めた。昨夜からかなり強い風が吹いていたが、雪どころか吹雪になっている。
 これじゃ講義に行けないかも、と思う前に「行かなきゃダメだよ」と釘を刺された。これが雪つぶてよりも強烈だった。
 キャメロンで行けなくても、電車が動いていれば、絶対に行ける、と思いつつ、起床した。
 昨日の調査項目について、書斎にある文献を調べていたら、かなり詳しい情報が得られた。必要だと思った時に入手していた本に、欲しい情報が書かれていることは多い。長年こつこつと買いためてきた本が、こういう時に役に立つ。嬉しい。
 そうこうしているうちに、雪はやんで、道路は地肌が見えてきた。ネットで天気予報を確認すると、昼からはずっと晴れマークだった。時間をかけて走れば、ダイヤが乱れている電車より確実で楽に行けそうだった。
 メールと電話でキャンパスの駐車場を借りるお願いをし、普段より30分近く早く家を出た。
 うまい具合に日が差してきた。
 名古屋市内は相当に降雪があったようで、道路は乾いていたが、歩道と中央分離帯にしっかり雪が残っていた。屋根に雪を乗せて走っているクルマも多かった。
 道路が空いていたせいもあって、普通の所要時間で本山キャンパスに着いた。たっぷり時間があるので、ミスドでコーヒーを飲んで休んでから、講義の準備をしに行った。
 後期最後の講義で、降雪もあったが、全員出席してくれた。何とか無事に講義を終えることができた。
 帰りに灯油を購入して帰ったが、また少し安くなっていた。今日の講義では、原油価格の変動で、原油を売る会社と使う会社が、損得が逆になる、だから両方の会社の証券を組み合わせて買うことを「ポートフォリオを組む」という、その投資比率の計算方法(マーコビッツがノーベル経済学賞を受賞した理論のやさしい事例)を教えた。このたとえ話は、学生に受けたようだった。
 長女の就職の電話インタビューはとても難しい質問をされたそうで、世の中の厳しさを感じた。
 私は、来週の講演の準備も気になるが、早速児童文学の構想の続きに着手した。

1月21日(木)「久しぶりのとこなめ会・・・の風さん」
 目覚めてから、児童文学の構想を練った。最近、このパターンが多い。ゆっくり休んだ後なので、衰えていた体力がいくらか戻っていて、合わせて気力も湧いてくるのかもしれない。知力はどうかよくわからないが。
 いずれにせよ、1時間近く半覚半醒状態でいる間に、不思議と思考が進んだりアイデアが浮かんだりする。
 今日も、その成果があったので、以前構築した作品の構成を、新しい考え方で再構築することにした。
 夕方までその作業を続けた。未完成だが、この延長線上に答えがある気がしてきた。
 今夜は2ヶ月ぶりに「とこなめ会」に出席することにした。11、12月と欠席したので、様子を見る必要もある。
 最寄りの駅前を出るバスに乗って、会場の近くのバス停まで行った(580円)。乗客は私を含めて二人しかいなかった。こんなことでは、この路線はやがて廃止になるだろう。地方の衰退は全国的な問題だ。「とこなめ会」は発展のチャンスを迎えている常滑を中心に地元を活性化しようという人たちの集まりである。
 今夜も大勢の出席があった。後半、近くに座られた澤田酒造の会長からモノづくりに関係する興味深いお話をたくさんうかがった。来月末に今年も酒蔵の開放があるが、入院の時期と重なっていて、行けそうもない。昨年も行けなかったので、とても残念だ。これまで何度か出席している「とこなめ会」だが、今日初めて料理を完食した(笑)。私がこの集まりの常連になる日はまだ遠いな。

1月22日(金)「最後に大トラブルが・・・の風さん」
 目覚ましをかけたのに、起きられなかった。いくらかよくなってきているが、めまいはある。しかし、そのせいではない。一昨日の朝から喉が痛くて、風邪気味でもある。しかし、そのせいではない。
 寝坊したので、ワイフを最寄りの駅まで送れなかった。幸い、穏やかな陽気なので、つらいことはなかったろう。
 仕事を始める前に、外の用事を一気にすませることにした。
 JAで現金をおろし、JPで投函、送金を済ませた後、当選したお年玉付き年賀はがきの商品を受け取った。今年は例年になく運が良く、計算上の確率では6本当たってもおかしくない3等が9本当たっていた。さらに当選するには30年以上を要する2等も1本当たっていた。かつて父は1等が当たったことがあるが、奇跡だろう。ま、たぶん、今年の私は、幸運の女神に恵まれるに違いない。
 続いてUFJのATM。取って返して、スーパーPで買い物(『古の時計』創刊号をゲット)。GSで灯油を購入したが、また価格が下落していた。レギュラーガソリンはとうとう100円を切った。大学時代(70年末)は85円だったので、その下落ぶりは異常だ。しかし、まだ下がる余地がある。
 今日は本を読みながら心を落ち着けて、児童文学に取り組む準備を続けた。そして、和算三部作の中の第一作の全体構成の見直し作業をしている途中で、大トラブルが起きた。
 ワイフの手伝いでCDのコピーを23セット(ケース付き)作成しているときだった。突然、執筆マシンのCD用トレイが奥に入らなくなってしまったのだ。何かがつかえている。流れ作業でやっていたので、手順を間違えたのか、操作が乱暴だったのか、原因が分からない。懐中電灯で奥を見ようとしたが、うまく見えない。
 結局、執筆マシンは後日分解することにし、CDのコピー作成作業は、長女の部屋に置いてある昔の執筆マシンでやり終えた。

1月23日(土)「猛烈な寒波と体調不良の中・・・の風さん」
 昨夜のトラブルのせいでもないだろうが、昼近くまで寝ていた。
 相変わらず風邪気味で鼻水が出る。とりあえず風邪薬を服用。めまいはそのまま放置。左肩が今頃になって五十肩で、最初の処置(私の場合強制的に動かして右肩は治していた)をしなかったので、悪化している。今日は少ししびれる感じがあり、これ以上ひどくなったらロキソニンのジェネリックを服用するつもりだ。測ってみたら血圧も少し高い。
 寝ている間にひらめいたことがあったので、来週の火曜日の講演のシナリオ検討をした。メモを書いていくだけだが、論理がつながらない。初めて作成する資料が多いと作業も大変だ。しかし、月曜日にはレジュメを送付する約束をしていた。新刊が元になる講演で、これが4回目になるが、かなり高度なレベルが必要だ。
 その作業は途中で断念して、児童文学の続きに移った。パソコンのトレイは外に出たまま。電源を切ると、奥に引っ込もうとするので、スタンバイにしてあった。
 和算三部作の第一作は関孝和で、もちろん長編だ。ただし、児童文学なので、読みやすく、中編程度に仕上げる必要がある。何でも難しい作品になりがちな私にとって、児童文学は願ってもないチャレンジだ。おとな向けの作品にも良い影響が出るはず。
 全体構成は4つの章に分けてある。それぞれの章が、1本の短編のようにメリハリのあるストーリー性をもたせようとしている。この考え方は良いが、ちゃんとそのように作れるかどうかだ。
 鼻水が出るのでティッシュはかかせない。めまいを防ぐため、上を見たり下を見たりもできない。左肩が痛いので、伸びをするときは右腕だけだ。
 天気予報通り、この週末は猛烈な寒気が列島を襲っていて、ここも寒い。
 夕食後、本格的に第一章を書き出した。編集部が私の文体を確認したいといっているのだ。
 昨日いったん名古屋へ帰った長女が夜また帰省してきた。ワイフの手伝いがあるからだ。そのためのクッキーも焼いて持ってきた。プロの作ったクッキーなので味は極上だった。今夜は、その二人もかなり遅くまで作業をするという。私も徹夜覚悟で第一章の執筆をすることにした。
 だんだん外は風も強くなってきた。

1月24日(日)「病み上がりでも仕事・・・の風さん」
 就寝は今朝の7時だった。もちろんバタンキューである。
 それでも11時過ぎにベッドから這い出た。今日も昨日に続いて寒い。全国的に降雪になっているが、当地は幸い雪は降っていないようだ。不思議と風邪も沈静化してきている。
 児童文学の全体構成見直しと第一章をざっと書き上げたので、気が楽になった。今日から火曜日の講演の準備に力を入れることができる。今日の目標は、レジュメの完成だ。
 書斎の窓から、狭いけれども、世間を眺めることができる。電柱交換工事がいよいよ最終ステージに入っている。数日前は、ケーブルテレビの配線を切ってしまうというトラブルがあったが、その後、問題はなく、昨日は我が家の前の仮電柱が撤去された。今日は、書斎から見える家の前の仮電柱が撤去されそうである。仮電柱がすべてなくなると、広い空が戻ってくる。いっそ1本もない方がもっと開放的になるのだが。
 地元といえば、区長選挙の季節である。自主候補者がなく、説得交渉が続いているが、難航しているらしい。開票はもとより、その前の選挙管理委員会の招集すら中止になっている。消滅する自治体の中、地域の自主運営は厳しくなる一方だ。
 夕方から疲労が目立ってきた。病み上がりなので、無理せず、亀の速度でやっていく。
 ワイフは、昨年のトール教室の作品展の打ち上げパーティー(もちろんワイフ主催)に行って帰って来た。長女にも手伝ってもらいながら準備していたのだが、大成功だったらしい。
 夕食後、書斎でウトウトしながら体力の回復を待ち、目覚めて仕事を再開。レジュメがほぼできた。

1月25日(月)「ラストスパート・・・の風さん」
 就寝は今朝の4時だった。
 昼前に目が覚めて、カーテンを開けたら、外は雪である。
 ブランチ後、リンガフォンのユニット47を聞いた。あと13ユニットだ。
 思い付いたことがあって、ほぼ完成していたレジュメに1ページ追加し、明日の講演の事務局へメールで送った。
 レジュメができたことで、スライド作成に弾みがついた。
 午後からは晴れて、地面の雪も急速に消えていった。
 しかし、集中力は永遠には続かない。
 夕方、児童文学の第一章の最終チェックをし、東京へメールで送信した。これを元にして、水曜日に打ち合わせることになる。
 夕食後、また講演スライドの作成にとりかかった。今回、作成に時間がかかっているのは、初めて作成しているスライドがあるからだ。マクロ経済や金融工学に関するスライドだ。凝り性なので、どうしてもこういったトリッキーなスライドを含んだ構成にしてしまう。
 それでも午前零時を過ぎてゴールが見えてきた。
 ラストスパートをして、さあ、さっさと風呂に入って寝よう……と思ったら、次女に先を越された。

1月26日(火)「やりきった・・・の風さん」
 就寝はまた午前4時だった。そして、9時過ぎには起床したが、熟睡できなかった。
 朝食後、昨夜完成させた講演スライドファイルをMacbookAirに入れて、最終確認をした。
 そして、バタバタと準備して徒歩で家を出た。販売用の本を20冊+1冊用意したので、荷物が重いこと。
 穏やかな天気になったので、外出は楽だった。
 1時50分に名駅で中産連の人と待ち合わせ、研修の相談をした。内容はCEなので、夕方から講演することを打ち明け、聴講を提案したら、一緒に行くことになった。
 3時で打ち合わせを切り上げ、講演会場になっているホテルへ地下鉄で向かった。
 昼食は最初から断念していたが、カロリーメイトぐらいは口にしたかった。しかし、それすら時間がなかった。
 講演会場は2年前にも経験している場所だったので、講演準備は順調に進んだ。
 そうしている間に、日刊工業新聞社の人も来てくれた。6月にCEのセミナーをやるので、やはり今日の講演の聴講を誘ったのだ。
 スライド枚数を思いっきり減らしたので、思った以上に早く講演を終えることができた。いくらサービス精神を発揮しても、高密度、多枚数のスライドでは、聴講者は疲れてしまう。これでよかったと思う。そして、何より、初めて作成した経済関係のスライドが効果的だったと思う。
 ある程度の達成感が得られたので、交流会もいくらか楽しむことができた。今回は2次会もあり、さらに交流を深めることができた。
 帰宅は9時を過ぎ、だいぶ酔っ払ってもいたが、やりきったという思いで、本当に嬉しかった。
 ゆっくりコーヒータイムも楽しみ、明日からの東京行きの準備もして、ベッドに倒れ込んだ。

1月27日(水)「上京し打ち合わせ3件・・・の風さん」
 セットした目覚ましが鳴る前に目が覚めた。
 時間的に余裕があり、しかも今回はカジュアルな服装で行くので、準備は楽だった。こんな解放感は、仕事が終わったときぐらいしか味わえない。その数少ないタイミングが今回の上京である。つまり、仕事のピークを乗り越えて、次への布石を打つ上京なのである。
 名駅まで名古屋で用事のあるワイフと一緒に電車に乗ろうとしたら、ホームで偶然知り合いに会い(私にとっては久しぶり)、ワイフは知人とおしゃべりしながらで、私は半分ウトウトしながらの乗車となった。
 いつものように名駅のコンビニでコーヒーと昼食用のおにぎりを買って、新幹線に乗り込んだ。
 車内でも余裕だった。あれこれと雑用をし、雲一つない青空をバックに富士山の写真も撮り、おにぎりを食べて、品川で下車した。
 すべて作成してあったスケジュール通りの行動である。
 増上寺に初詣をして(ここも天気がよかったので、東京タワーをバックに写真を撮った)、干支のおきあがりこぼしを買おうとしたら、売り切れだった(次の納入は2月中旬とのこと)。
 1時から2時20分までJMAでセミナーの相談をした。仕事が成立するかはお客様次第なのでわからないが、成立したらまた楽しい仕事ができそうだ。
 地下鉄を乗り継いで神楽坂で降りた。3時10分から4時半近くまで、そこの出版社と打ち合わせをした。出版時期がまた延びたが、今後の相談はしっかりできた。出版は遅れても、自分の仕事は進めなければならない。
 品川にもどって、また旧知の編集者と会い、昨年暮れに企画が成立した児童文学の打ち合わせをした。主に構成とスケジュールの相談で、特にスケジュールについては、私の現実的な提案(つまり私がやれるかどうかがポイント)がベースになるので、A社向けは今年11月出版と来年に2冊、B社向けは来年1月出版にすることが決まった。
 確定した仕事を中心に動くことになるが、私の目標は年間3冊以上出版なので、これからもっと突っ込むつもりだ。
 編集者とは食事しながらの楽しい打ち合わせだった。
 それから私は横浜の定宿へ向かった。

1月28日(木)「見学だけのつもりが仕事・・・の風さん」
 昨夜メールチェックしていてアイデアが浮かんだ(理由は2つあるがナイショ)。
 起きてすぐ日本評論社の編集者へメールを送り、朝食後、電話もした。
 チェックアウト後は、予定通り、上野の国立科学博物館へ向かった。「渋川春海と江戸時代の天文学者たち」展を見学するのである。
 入口で10時半に日本評論社の編集者と待ち合わせた。今回の展示が1年前の拙著『星に惹かれた男たち』と完全に重なるので、「一緒に売り込みましょう」と提案したからである。
 受付で展示の担当者を紹介してもらい、会場近くで拙著の内容を私が説明した。もし展示会場に関連本を紹介するコーナーがあったら並べてもらおうと思ったのだが、残念ながらそれはなかった。
 展示会場を編集者に解説しながらざっと見学し(担当者に同行してもらえばよかったと後で気が付いた)、それからミュージアムショップへ行った。書籍コーナーに『星に惹かれた男たち』を置いてもらうのが目的だが、行ったら展示関連本の中央に平積みであった。運良く明正堂外商部の方が近くにいて、自己紹介できた。続いて、ミュージアムショップの店長にも来てもらって、宣伝できた。
 34年間の会社員人生では色々なことを学んだが、やはり仕事は現地現物が重要である。元気ならやはり行動を起こさねばならない。そういう意味で、今朝の決断と実行は正解だった。
 地下鉄で東銀座へ向かった(昼食はヌキ)。売上200億円近い、出版事業もしている会社である。
 年賀状のやりとり程度しかしていない知人と交流するのが目的だった。ただ、勤務時間中に訪ねるということもあり、ダメ元も覚悟の上で、出版企画書を送ってあった。打ち合わせをしているフリができるからである。
 ところが、誠実な性格の知人は、送った出版企画書を社長と部長へ渡し、私にプレゼンする機会をセットしてくれていた。
 知人の誠実さとまったく同様に、社長も部長も誠実に私の出版企画書を読んでくれていて、真剣に質問してきたので、私も本気で対応した。約1時間ほどのまるで面接試験だったが(笑)、社長も部長も私が書ける人なのかどうか見たようで、あとは売れる本に仕立てることができるかどうかは会社に任せてもらいたい、という方針のようだった。
 幸運なことがあったとしても、私の企画とはまったく違った逆提案があるかもしれない。
 知人とはゆっくり話すことができなかったので、またこの次、ということにして大きな本社ビルを後にした。
 品川へ移動し、いつものようにお気に入りのベーカリーでパンを大量に買い、新幹線で家路についた。
 昨日、今日と、ずいぶん歩き回ったので、疲労が出て、車中では少し居眠りした。
 最寄りの駅までワイフに迎えに来てもらい、そのまま集会所に直行してもらった。組長会議が7時半からあるからだった。
 帰宅し、品川で買ったパンで夕食になり、その後、集会所で受け取った回覧や配布物を配って歩いた。それほど寒くもなく、空では丸いお月さまが私を見守ってくれていた。

1月29日(金)「研究会も大詰めへ・・・の風さん」
 今日は生産技術マネジメント研究会の中間報告会である。約半年間続くグループ研究活動もいよいよ大詰めが近付いてきた。チーフアドバイザーとしては、教え子たちの成長を確認できる、一番おいしい時期とも言えよう。
 朝から雨がぽつぽつ降っていたが、キャメロンは使わず電車で直行した。
 午前中の発表では、4人のアドバイザーから色々な指摘や指導を受けた。毎年似たような内容だが、異業種交流はこうやって視野が広くなり、社内の研修とは違う成長を遂げるのである。
 昼食後、チームミーティングとなり、私は前回に続いて、持参した『トコトンやさしいコンカレント・エンジニアリングの本』を販売した。まだもう少し売れそうな感じもする(重いので、大量には持ってきていない)。来週はトヨタ自動車で研究会があるので、また持って行こう。
 夕方になってもまだ雨は止まなかった。
 研究会が終わった後、名古屋の某所へ行き、アンケートに答えるともらえるチョコレートを受け取って来た。これは長女の情報で、非常に高価なチョコレートなのだそうだ。
 今夜も、私が品川で購入したパンをメインにした夕食になった。ドイツから輸入したグリューワインも温めたので、なかなか豪華な気分を味わうことができた。
 今日の研究会で、本当に一連の仕事のピークを越えた気になった。

1月30日(土)「ぜいたくな1日・・・の風さん」
 たっぷり寝て起きたら、天気が回復していた。一気に花が咲くのでは、と思っていた庭の梅もつぼみが膨らんでいるけれど、まだだな。
 屋外タンクに買い置きの灯油を補給した。水より安いガソリン、そのガソリンの価格の半分が灯油なので、値下がりしている今年の冬は安心して石油温風ヒーターが使える。ありがたいことだ。
 色々な仕事が焦ることなく(締め切りに追われることなく)できるので、何でもゆったりと取り組める。
 打ち合わせで決めた原稿修正があったので、それからやることにした。気分が穏やかだと仕事の効率も高いようだ。ここでは、3種類の原稿を作成した。明日の夜、まとめて送信することにする。
 続いて、読みかけの本も読んでみた。一気に読了したくなったが、非常に質の高い且つ感動的な内容なので、また明日のお楽しみにした。
 読みかけの雑誌も読んでみた。経済用語など未知の単語が出てくるので、これは勉強になる。
 夜は、最近受け取ってたまった名刺をスキャナーで読み込んだ。
 明日も今日と同じように、懸案事項を着々と処理していけそうだ。

1月31日(日)「留守番中に家の周囲で仕事・・・の風さん」
 今日も快晴。朝からワイフと長女が岡崎の実家へ出かけていて、私は留守番。普段やれないことをやろう。
 裏の土地に行き、以前から気になっていたことをしてみた。クルマの進入路だけなぜか雑草が生えないため、雨が降るとクルマのタイヤは汚れるし、土がアスファルト道路にこぼれて、これまた汚くなる。なぜかその原因が分からないが、石ころを取り除いて、土を耕してやれば、雑草が生えるのではないかと素人なりに考えていた。
 現地をしっかり観察してみると、土は硬く、無数の石ころが埋まっている。そういう土地なのだ。とりあえず、思ったことをやってみることにした。先日購入しておいたガーデン用の鍬で石ころを掘り起こし、それらを土地のすみっこに始末して、土が多い状態にした。道路にこぼれている土は鍬で中へ戻した。
 あと、家屋の周囲に設置した大小の小屋の中を点検した。捨てるものがたくさんありそうだった。定年退社して2年が経過しようとしている。今頃になってやっとこういったことに手が付けられそうだ。
 組長の期間も残り少なくなってきたが、こんな時期になって人の出入りがあり、当番表の改訂が必要になったので、2枚作成した。
 掌編小説(『数学文化』向け)の再校ゲラが届いた。原稿よりも挿絵や地図の挿入位置が難しそうだった。
 想定外のこともあった。昨年4月の埼玉での講演録を作成したのでチェックしてほしいというメールだった。定期刊行物にして配布しようというのではなく、しっかり記録に残したいということのようだった。画像データを選択して入れて返信しようと思う。
 夜、先週の打ち合わせで生じたアクション(原稿の再修正など)をまとめて出版社へ送った。新しい仕事もスタートするので、早くそちらへパワーシフトしたい。
 帰宅したワイフや長女の話では、お義父さんはお元気だったそうで、先ずはひと安心。

2016年2月はここ

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